「ヨダキイ」と「よだけし」伊藤 一彦

「ヨダキイ」と「よだけし」伊藤 一彦

 「エコノミスト」の今年の3月18日号の「名門高校の校風と人脈」はわれらが母校の宮崎大宮高校だった。ご覧になった人も多いと思う。多くの先輩たちの活躍が2ページにわたって紹介されているが、この記事で紹介されていない優れた卒業生も少なくないはずである。私の知るそんな一人を紹介してみよう。京都市在住の歌人の吉川宏志さんである。吉川さんのプロフイルを手もとの『現代短歌大辞典』(三省堂)から抜粋してみよう。

 1969年、宮崎市生まれ。京都大学文学部国文科卒。1987年、「塔」入会。同時 に第6次「京大短歌」創刊に参加。「塔」では後に編集委員となる。1995年、評論 「妊娠・出産をめぐる人間関係の変容」により第12回現代短歌評論賞受賞。1996 年、第1歌集『青蝉』により第40回現代歌人協会賞受賞。

 この後もさらに受賞を重ねており、現代歌壇の代表歌人の一人である。その作風については辞典では「日常の小さな発見を核にして実証的に言葉をつむぎ出してゆく作風は、流行へのしたたかな反措定として注目された」と説明している。

 その吉川さんが最近あるエッセイで、西行の短歌を読んでいたら「煙立つ富士に思ひの争ひてよだけき恋を駿河へぞ行く」の1首を見つけて驚いたと書いていた。宮崎でヨダキイは日常的にもっとも使われる方言なのだが、実は由緒ある言葉なのである。吉川さんによれば、「よだけし」は元々の意味は「いよいよ激しい」(弥猛し)であり、西行の歌は「富士山と競うほどの恋をするため旅をしている」と解釈していてなるほど教えられる。

 では、「いよいよ激しい」の意味がどこでどう変わって宮崎において「面倒くさい」の意味に変わったか、なかなか興味深い。吉川さんは自説を述べているが、みなさんヨダキがらずに考えてみて下さい。

伊藤 一彦

宮崎県宮崎市生まれ、在住。宮崎県立宮崎大宮高等学校、早稲田大学第一文学部哲学科卒業。学生時代に同級の福島泰樹のすすめで短歌をはじめ、「早稲田大学短歌会」に入会。三枝昂之らと知り合う。 大学卒業後は帰郷し、教員のかたわら作歌活動を続ける。郷土の歌人若山牧水の研究者でもあり、若山牧水記念文学館長、「牧水研究会」会長を務める。同会が編集する『牧水研究』の第8号は2011年に第9回前川佐美雄賞を受賞した。 1996年、歌集『海号の歌』で第47回読売文学賞詩歌俳句賞。2005年、歌集『新月の蜜』で第10回寺山修司短歌賞。2008年、歌集『微笑の空』で第42回迢空賞を受賞。2010年、歌集『月の夜声』で第21回斎藤茂吉短歌文学賞を受賞。2009年より読売文学賞選考委員。 堺雅人は宮崎県立宮崎南高等学校での教え子。堺は牧水を愛読するなど文学的に多大な影響を伊藤から受けており、現在も恩師と慕っているという。2010年には共著『ぼく、牧水! 歌人に学ぶ「まろび」の美学』を刊行した。