「宮崎の自然」伊藤 一彦

「宮崎の自然」伊藤 一彦

 昨年の宮崎は「古事記」成立から1300年ということで、いろいろのイベントが企画され実施された。「太陽と神話の国」と言われながら、さほど神話に関心を持っているとは言えなかった宮崎県民もいくらかは「古事記」の内容に親しみを感じたのではなかったかと思う。

 弦月同窓会の顧問である渡辺綱纜さんが昨年出版された『夕日に魅せられた川端康成と日向路』(鉱脈社)は一気に読んでしまう、味わい深くて面白い本だった。渡辺さんは講演も名手であるが、執筆も名手で、こんな人はめずらしい(たいてい、片方は優れているが、片方はだめなようだ)。川端康成は宮崎にとっては連続テレビ小説「たまゆら」の原作を書き、宮崎への新婚旅行ブームに火をつけた作家である。その川端が宮崎を訪れてテレビ連続小説の原作を書くことにしたのは、彼が戦時中に海軍報道班員として行動中に赤江飛行場(今の宮崎空港)に不時着したときの体験によるという。その一節を引いてみる。

 修理はすぐ終わるというので、川端らは飛行場内で待機をした。その時の宮崎の抜け るような空の青さ、紺碧の海岸、そして、綠の山々の美しさが目に焼きついて離れなかった。飛行場の周辺には、名も知らぬ花がいっぱい咲いていた。あの時の印象は忘れられないと、川端は語った。戦争が終わって、一度は宮崎を訪れたいと思い続けていた。

渡辺さんによると、川端康成は「古事記」一冊だけ資料として持ち、来宮したという。

私たち宮崎に住んでいる者は、宮崎の自然の特色と価値をどれだけ分かっているのだろうか。宮崎を代表する作家である中村地平は、関西の自然は女性的なやわらかさをもつのに対し、日向の自然は男性的なやわらかさをもつと言う。そして、前者が奈良・平安朝文学を心としているならば、日向の山河は古事記・日本書紀を精神としていると『日向』に書いている。今年は置県130年、宮崎の自然と風土について改めて考える機会になればいいなと思う。

伊藤 一彦

宮崎県宮崎市生まれ、在住。宮崎県立宮崎大宮高等学校、早稲田大学第一文学部哲学科卒業。学生時代に同級の福島泰樹のすすめで短歌をはじめ、「早稲田大学短歌会」に入会。三枝昂之らと知り合う。 大学卒業後は帰郷し、教員のかたわら作歌活動を続ける。郷土の歌人若山牧水の研究者でもあり、若山牧水記念文学館長、「牧水研究会」会長を務める。同会が編集する『牧水研究』の第8号は2011年に第9回前川佐美雄賞を受賞した。 1996年、歌集『海号の歌』で第47回読売文学賞詩歌俳句賞。2005年、歌集『新月の蜜』で第10回寺山修司短歌賞。2008年、歌集『微笑の空』で第42回迢空賞を受賞。2010年、歌集『月の夜声』で第21回斎藤茂吉短歌文学賞を受賞。2009年より読売文学賞選考委員。 堺雅人は宮崎県立宮崎南高等学校での教え子。堺は牧水を愛読するなど文学的に多大な影響を伊藤から受けており、現在も恩師と慕っているという。2010年には共著『ぼく、牧水! 歌人に学ぶ「まろび」の美学』を刊行した。